デジタルマーケティングをサービスデザインに融合させていくために
青山フラワーマーケットやソニー損保のように顧客に寄り添い、適切なタイミングでコミュニケーションをとっていくためには、具体的には何をしたらいいのだろうか。前述した3つの課題を乗り越えるためには、何ができるのだろうか。前述のソニー損保や自動車会社の事例から解決のための端緒が見えてくる。
ソニー損保がなぜ前日の昼間に、天候というリアルタイムの外部の状況を把握してメール配信をできるのか。しかも、「保険金がおりる可能性があります」というメールは、知らせなければ請求されなかった保険金を支払うことになるのでコストもかかる。そういった施策をなぜ経営層が即座に承認するのか。これには明確な理由がある。
ソニー損保では顧客ロイヤルティ指標としてNPS(ネット・プロモーター・スコア)を活用している。NPSを活用している企業は非常に多いが、ソニー損保はNPSと継続率の相関をきっちりと取っており、NPSを上げていけば継続率が確実に上がるという認識を社内全体で共有している。
また、ある施策を行ったら中立者の例えば50%が推奨者に置き替わり、その推奨者が既存の推奨者と同じ継続率であればいくらの利益が出るのかということをすべて試算できるようにしているのだと宮坂氏は説明する。
そのため、「このメールを送るとNPSが上がる。NPSが上がると5億円儲かる。2億円の保険金の支払いがあるかもしれないが、5億円儲かる」と経営層を説得できるのだ。試算通りにいくことばかりではないが、数値に紐づけて説得できるような指標を持っておくことは大きい。また、こういったマーケティング施策ができる場合、マーケティングオートメーションツールを導入した投資効果もきちんと見えてくる。
組織の分断という課題に関しては、顧客の行動観察の結果をシェアすることが突破口となる。自動車会社の事例を挙げて説明しよう。前述のように自動車会社はメーカーとディーラーに企業自体が分かれており、ディーラーの営業員が営業履歴を入力してくれないという問題があった。それに対しては、メーカーから外部データを使って営業員が持ち得ない情報を提供することでデータを入力するモチベーションを作り、データの社内循環を作ったという例があるのだ。
仕事をしている人のほとんどは、顧客の役に立ちたいと思っているはずだ。しかし今までのように「埼玉県在住、年収500万円以上の女性」と顧客を捉えていたのではピンとこない。しかし、その顧客が「こんな状況にあって困っている人なのだ」と立体的に立ち上ってくると、何かできることはないかと考えられる。それが分断された組織に橋をかけるし、データに振り回されないことにもつながる。
ただし、データに振り回されないためには訓練が必要だ。ビービットはユーザーエクスペリエンスをビジネス成果に繋げるための支援を行っているため、新入社員は行動観察型の定性調査を多数行う。一般的に、200人の行動観察を経るとUXのケーパビリティが急に上がるという実感を持っている。もちろん事業会社で能力開発のために200人を超える行動観察型の調査を行うというのは不可能だ。しかし、現在はさまざまなデータが顧客一人ひとりに紐づく形で集約することが可能だ。その顧客の個別データを活用することで「顧客はこういった状況だとこう行動するのだ」という肌感覚を高めることはできる。実際にソニー損保でも同様の取り組みを行い、CXデザイン部は週に1時間20人ずつ個別のデータを確認している。
顧客の体験向上にデジタルマーケティングプロセスとマーケティングオートメーションツールを生かし、状況を捉えて顧客に寄り添う。顧客に寄り添っていけば顧客のロイヤルティが高まり、データを差し出してくれる。こういったループを作ってより効率的な形で顧客に向き合うことが肝心だと両氏は講演を締めくくった。