経営を再構築するための4つの論点
栗原:喪失された「経営」を取り戻すためには、何から始めれば良いのでしょうか。
宇田川:「経営の再構築のための4つの論点」を以下のように整理しました。
1.固有の実存的な問いを持ち、その問いに機会に即して応答しようとすること
- 自社で働く人々がどうあると幸せだと考えるのか、それはなぜか。
- 巷にあふれるテクニカルタームに惑わされず、自分たちの伝統の上にそれらの問いがどう位置づけられているか。
2.「良い負け」ができること。他者に対する人間的な問いに基づく貢献がある
- 顧客や地域社会の人々にどうあって欲しいと思っているか。これまでの歴史を紐解いたときに、私たちは何を見て、どう応答して事業を作ってきた会社だったのか。
3.「ケアの実践」を内部と外部になすこと。顧客へのケア・組織メンバーへのケア、これらを通じて物語を紡いでいく
- どれだけ内外の人々の世界に分け入って知ろうとしてきたか。好奇心ではなく、探究心をどれだけ持ってきたか。
4.B面で見えてきた課題や論点をA面(制度・評価・KPI)へと後から丁寧に構築する
- 先に制度から考えて、問題を処理しようとしていないか。そのときに、何が失われているか。
- 自分たちは本当は何をしているのか。
しかし、これらのことを一言で敢えて申し上げたい。それは、共に苦悩することこそ、経営の根幹である、ということです。
AI時代に求められる、人間化を追求する経営
栗原:大事な論点ですね。
宇田川:保守主義の政治哲学者であるマイケル・オークショットは、合理性ですべてを説明できるとする合理主義者を批判し、実践知としての伝統や文化の重要性を説きました。経営も、理性で説明できるものの限界を知り、自分たちのあり方を問うていくところに、その意義があるのではないかと思います。
昨年の秋に「浦河べてるの家」の向谷地良さんとお会いして、いろいろとお話ししたんです。向谷地さんはAIをお使いになって、「自分に知らないことがこんなにたくさんある、勉強していない本がまだまだある、そう気づかされ、読みたい本がどんどん溜まっていく」そうです。「これからの時代、人類にはわからないことが爆発的に増える。でも、それがわかるということなんだよね」とおっしゃっていて、思考の深さに感銘を受けました。
AIで仕事がなくなるかどうかというのは表面的な現象についての問題だと思っています。むしろ、これからは人間であるとは何かを、どんどん問われるようになるでしょう。『貨幣とは何だろうか』(筑摩書房)という本で今村仁司さんは、人間と動物とを分けるのは死の概念を持っているかどうかだと書かれています。
誰でもいずれは死ぬということがわかっているから、いろいろな感情が湧くわけですよね。人間は知的な動物ではあるけれど、ある種の偏りやブレもあるのは、死という限界を知っていて、恐れや悲しみ、不安みたいな感情を持っているからでしょう。もっと言うならば、人間は絶望する存在である。苦悩する存在である。そして、その絶望と苦悩の中から、応答を試みようとする。そういう存在だと思います。
AIによって、今まではわからなかった人間像が見えてくるでしょう。それに向き合い、より人間を人間化していく。これこそが正しい方向性だと、私は考えています。経営もそういう方向に進むのでなければ、会社である意義もなくなっていくのではないでしょうか。形式的に正しく振る舞おうとするならば、AIで十分です。人間は必要ありません。
だからこそ、絶望できること、その中に何かを見出そうともがき、苦悩して生きていこうとすることこそが、良い経営を創る基盤になりうるのではないかと思うのです。
栗原:正解は見えないということを受け入れた上で、顧客や従業員が人間らしくあるということはどういうことかを、問い続けていくということですね。
今日は、構造的無能化を発端として経営が喪失されていくメカニズム、組織が持つ「B面」や「良い負け」の重要性、さらには「喪失した経営を取り戻す方法」まで、大変示唆に富むお話をありがとうございました。

