会社員から経営者へ。挑戦で激変した価値観
森久:実際に事業を進めてみて、想像と違った苦労や、ご自身の価値観が大きく変わったエピソードがあれば教えてください。
小西(JR東日本):事業化前のフェーズと今で大変なことは変わりますが、私は今、約3名のチームで営業からカスタマーサクセス、システム開発まですべてを回しています。私は元々人事や総務畑で新規事業は完全な素人でしたし、JR東日本は基本的にBtoCの会社なので、法人営業の正解もわかりませんでした。答えを持っている人が社内にいない中、仮説を立ててトライアンドエラーを繰り返し、システムベンダーと交渉する。全方位的に経営が見える経験をしたことで視野が広がり、JR東の“会社員”として生きていたところから、ようやく“社会人”になれたという感覚があります。日々打席に立ち、チャレンジの機会に恵まれていることもあり、会社へのエンゲージメントも爆上がりしていますね。
岩田(リコー):私はずっと大規模なコピー機の一つのモジュールだけを作るエンジニアでした。そのため、会社の中でモノを作って、それをどうやって売っていくのかという過程を知らないまま育ってしまっていたんです。最初は「事業計画とは何か」というところから始まり、結果的にビジネススクールに3年間通うことになりました。自分でプロダクトを作り、自分で営業にも行き、メーカーの中でゼロから最後までを一通りやり切った経験は、リコーでの人生において本当に大きかったです。今なら、新しい商品を出すことになってもどう進めればいいかわかるという確固たる自信がつきました。
山下(ReCute):私はスピンアウトして外の世界に出たことで、大企業とベンチャーの違いを痛感しています。現在は業務委託を含めて16名ほどのメンバーを抱え、エクイティ調達をしてM&AやIPOを目指すという、ヒリヒリするような環境にいます。大企業にいたときは100万円規模の決裁が回らないことはほとんどありませんでしたが、今は1円たりとも無駄にできません。スピンアウト前は職を失う恐怖がありましたが、いろいろなベンチャーの先輩経営者とお話しする中で、「挑戦して失敗しても必ず血肉になる」「早く多く失敗することが次の成功につながる」と言っていただき、価値観が劇的に変わりました。今はやらないことのほうがリスクだと思っており、自分のやりたいことに向かって全力で進めている今の状況が本当に幸せです。
美濃(積水化学):私は50代後半で、これまでずっと「ものづくり」に集中してきた人間です。しかし、事業化となると商品を作るだけでなく、経営やマーケティング、そして今後の採用なども考えていかなければなりません。自分で新しい工法やデザインを描いておきながら、いざ実現しようとすると、技術的な面やコスト、法的な制限もクリアしなければならず、形にしていくのは本当に手強いと実感しています。それと、つい半年ほど前までは「カーブアウト(子会社を設立して事業化)」という言葉すら知りませんでしたが、新規事業に取り組んでみて、いろいろな出口があるんだな、と世界が広がった感覚を持ちました。事業化を検討する中で、多くの新しいことを学び、この年齢になってもまだまだ自分が成長できる余地があるんだなと、事業の機会が与えられたことにありがたく感じています。
